私は何の為に生きているのか?
人生において、こんな疑問を感じるのは、他人から言われたことばかりしているからです。
他人の価値観で生きているからです。
アドラー心理学の『課題の分離』という考え方を使って、自由を確保する方法を解説します。
自分の事は自分で決めて、生きる目的を見失わない為に、介入への対処法を考えていきます。
課題の分離とは?
正しさを押し付けるのが介入
今日は、自分の課題に介入された時の対処法を考えていくわよ。
その話題は前から気になってたんだ。
アドラー心理学って、相手を尊重する話はたくさん出てくるけど、自分を守る話って少ない気がするぜ。
ベストセラーの『嫌われる勇気』は、そのまんまのタイトルだけどね。
でも確かに、自由の守り方、のような具体的な話は少ないかもね。
今日はそれを話してくれるんだよな?
そうよ。「介入される」というのは、簡単に言えば『他人の正しさ』を押し付けられる状態だわ。
つまり『不自由』な状態だな。
その通り。
今日の結論として、そんな状態にならない為の対処法を先に伝えるわね。
他人が口出しできないくらい真剣に
自分のやるべきことに取り組む
これが今日の結論よ。
今日はちょっと厳しい話になるけど、わかりやすく解説するわね。
介入とは見下すこと
たしか介入という行動は、対等な関係では生まれないんだったな?
そうね。相手を見下してる時に生まれる行動よ。
オレが正しい。お前は間違ってる。
そんな「決めつけ」だわ。
じゃあ私が介入された時は、見下されてると思えばいいんだな?
それでオーケーよ。自分に置き換えて想像すると分かりやすいわ。
魔理沙は、親友・先生・同僚・先輩・上司とかに、強制や禁止なんかしないはずよね。
あれをしろ、これをしろ、あれをやめろ、なんてね。
たしかにな。
そんな偉そうなこと出来ないぜ。
ひとは、自分より対等以上だと思う相手には、介入なんてしないのよ。
ふむ‥‥ いまいちイメージが湧かないから、もうちょっと具体的に何かに例えてくれないか?
ああゴメンゴメン。
その方がわかりやすいわよね。
じゃあ、魔理沙が上司から介入された場合を考えてみるわよ。
例えば、魔理沙が新人の教育を任されたとするわ。
魔理沙の教育のやり方に、上司がケチをつけてきたらどう対応する?
まぁ上司の言うことだから従うかな。やり方を変えてみるぜ。
多くの人はそうするでしょうね。
仕事だからね。
仕事ってそういうもんだと思うぜ。
私の部署の責任者は上司だからな。
逆の立場で考えたら、私が部下に指示を出して、言うこと聞かなかったら困っちゃうぜ。
・・・従っちゃだめなのか?
組織内の話だから、上司からの指示には従うべきだと思うわよ。
でも、新人の教育は魔理沙の課題ね。
上司は魔理沙の課題に口出しすべきじゃない。アドバイスは聞くべきだけど、従う必要は無いわ。
‥‥課題の分離では、やらなくて最終的に困る人を考えれば、それが誰の課題なのかがわかるんだよな?
新人が期待通り成長しなかったら、私はもちろんそうだが、上司も同じように困るんじゃないのか?
課題を分離する
魔理沙の言う通りよ。
同じ共同体の中での話なんだから、魔理沙と上司の仕事は、どこかしらでつながってるはずね。
そうだろう?同じ会社で、しかも同じ部署なんだから。
「どっちの課題か」なんて、一概に決められない気がするぜ。
魔理沙の考え方はわかるわよ。
これは自分の仕事で、あれは上司の仕事、みたいに完璧に切り分けられるものじゃないわね。
だから、一番の当事者を考えるのよ。
魔理沙の行動は、新人の成長に一番影響力があるんだから、一番重い責任を感じるべきじゃない?
‥‥それはそうかもな。
一番近くにいる教育担当だからな。
上司が、魔理沙のやり方にケチをつけてきて「こうしろ」と言われても、
言いなりになる必要は無いの。「私の仕事です」と拒絶しましょう。
そんなの難しくないか?
上司との関係が悪くなりそうだし、部下が上司の指示にいちいち逆らってたら、仕事がまわらないぜ。
あくまでこれは、魔理沙の課題に介入された場合の話よ。
上司からの指示を、全部ことわれという話じゃないの。
自分の課題に真剣に取り組む
まぁ、ここまでいろいろ話したけど、実際は『介入』された時の対処法は単純なのよ。
どういう事だ?
魔理沙が上司からの介入を拒めないとしたら、それは自分の課題に真剣に取り組んでいないからなの。
もし魔理沙が、新人の教育を「自分の課題だ!」と明確に認識して、
その課題に全力で取り組んでいたら、上司からの介入なんて鬱陶しくて仕方ないはずなのよ。
私の課題に口出しするな、という気持ちが自然と湧き上がるわ。
・・・
もちろん、介入じゃなくて、前向きな『提案』をされた場合は、話が違ってくるわよ。
「こんなやり方もあるから、試してみたらどうかな?」
上司からこのように言われたら、それは魔理沙の課題を尊重した上でのアドバイスだから聞くべきね。
ふむ‥‥‥
「これは自分の課題だ」と覚悟を決めて、真剣に向き合えば、介入を拒絶する気持ちが生まれる‥‥
介入じゃなくて提案されたら、それは前向きに捉えて受け入れる‥‥
そうそう、そんな感じがバランスの良い考え方だと思うわ。
実際わたしは、提案をされたら優先してそれをやるけど、強制されたら自分のやるべきことを優先させるわ。
催促されるまでやらない時もある。
見下されて、介入されたら、そのように行動してるわね。
そんな強気な考え方って、誰にでも出来るものじゃないと思うぜ。
その通り。私が強気に出れるのは、誰よりも真剣に、自分の課題に取り組んでる自信があるからよ。
上司の方が真剣だったら、そんな強気な行動はできないと思うわ。
責任の所在をあいまいにして、自分の課題に半身反らすような向き合い方をしていたら‥‥
当然、介入される可能性は高くなる。
そして自由な生き方を奪われて、断る根拠も薄いから流されてしまう‥‥
自由を得るのは楽じゃない
今日はえらく口調が厳しいんだぜ。
自由を得るための話だからね。どうしても厳しい内容になってしまうわ。
たしかにテキトーに生きてる人は、ムカつくことを言われても言い返せないかも知れないな。
そう。言い返せるだけの材料が手元に無いんだからね。
説得力のある言い返しができないわ。
宿題をほったらかしてたら、親が口出ししてくるのと同じことかもな。
職場でぼーっとしてる人がいたら、上司も何か言いたくなるだろうし。
そうそう。自分の課題をおろそかにしていると、見下されて、介入されやすくなるのよ。
もちろん、自分の課題の話なら、介入は拒絶してもいいんだけどね。
でも、おろそかにしたままだったら、拒絶してもまた介入されそうだな。
おそらく、さらに強い介入が次に来るでしょうね。
相手があきらめるまで続くのよ。
自由を確保する為には、まずは自分の課題をおろそかにしない方が良いわ。
じゃあ、今日の結論はこんな感じか?
「これは自分の課題だ」と覚悟を決めて、真剣に正面から向き合う。
そうすれば介入も受けにくいし、受けたとしても言い返す事ができる。
そんな感じね。
介入の話は切りが無いから、今日はこれくらいにしておくわ。
なんとなくだが分かってきたぜ。
手を抜いて生きていると、見下されやすく、自由を邪魔されやすい。
よく考えたら当然の話なんだぜ。
そうね。人生で重要なことは、たいていシンプルなのよ。